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東京高等裁判所 昭和53年(ラ)399号 決定

抗告人

東邦亜鉛株式会社

右代表者

肥谷英男

右代理人

小木貞一

外五名

相手方

大塚紋蔵

外四七名

右代理人

高田新太郎

外一四名

主文

原決定中、相手方大塚徳次、同岡田正治、同小川益三、同藤巻文夫、同中島忠平に関する部分を取消す。

右相手方ら五名の本件訴訟救助付与の申立は、いずれも却下する。抗告人らのその余の抗告は、いずれも棄却する。

手続費用は、第一、二審を通じて抗告人と右相手方ら五名との間に生じた分は、同相手方らの負担とし、その余は、抗告人の負担とする。

理由

一抗告人代理人は、「原決定を取消す。本件訴訟救助付与の申立をいずれも却下する。手続費用は相手方らの負担とする。」との裁判を求め、その抗告の理由は、別紙「昭和五三年五月二七日及び同年六月五日付各即時抗告理由書」に記載のとおりである。これに対する相手方らの反論は、別紙「昭和五三年七月二六日及び同年一〇月二〇日付各書面」に記載のとおりである。

二そこで、まず、訴訟救助付与の原決定に対して、抗告人は即時抗告権を有しないとの相手方らの主張について判断する。民訴法第一二四条は、「本節ニ規定スル裁判ニ対シテハ即時抗告ヲ為スコトヲ得」と規定して、訴訟救助付与決定を即時抗告の対象から除外していないのみならず、同法第一二二条は、「訴訟上ノ救助ヲ受ケタル者カ訴訟費用ノ支払ヲ為ス資力ヲ有スルコト判明シ又ハ之ヲ有スルニ至リタルトキハ訴訟記録ノ存スル裁判所ハ利害関係人ノ申立ニ因リ又ハ職権ヲ以テ何時ニテモ救助ヲ取消シ猶予シタル訴訟費用ノ支払ヲ命スルコトヲ得」と規定していることからすれば、訴訟救助付与決定につき利害関係を有する者は、即時抗告権を有すると解するのが相当である。そこで、抗告人が利害関係人に当るかどうかについて考えてみるのに、原決定は、相手方らに対し、相手方らを原告、抗告人を被告とする原裁判所昭和四七年(ワ)第七六号損害賠償請求事件の本案訴訟において、相手方ら提出の昭和五二年九月六日付準備書面によつて請求を拡張した部分につき訴訟救助を付与するものであるところ、もし、相手方らに資力があるのにもかかわらず、民事訴訟費用等に関する法律第三条一項、第八条所定の印紙貼用の猶予がなされたとすれば、被告である抗告人は印紙不貼用を理由として訴却下の判決を求めえなくなる。してみれば、抗告人は、原決定につき利害関係人として即時抗告権を有するものと解するのが相当である。相手方らのこの点に関する主張は採用できない。

三当裁判所は、当審において新たに提出された資料をも参酌して、次のとおり判断する。

1  当裁判所も、相手方らが本案訴訟において勝訴の見込みがないとはいえないものであると認める。

2  そこで、相手方らが訴訟費用を支払う能力のない者に該当するかどうかについて検討する。相手方らは、いずれもその所有の農地を抗告人の放流したカドミウムによつて汚染されたとして損害賠償を求める訴を提起しているものであるところ、同訴訟を追行するに当つては相手方らにおいて重金属による農作物と土壌の汚染の状況を明らかにすることを要し、その立証活動に科学的、専門的分野の諸資料が必要とされる結果、決定の訴訟費用のほか、相当多額の調査研究費をはじめとする諸費用を必要とすること、右費用の支出が訴訟費用支弁のため相手方の資力に相当の影響を及ぼすことが推測される。そして、相手方らが訴訟救助を求めている貼用印紙額(前記損害賠償請求の拡張請求に伴つて相手方らが新たに納付すべき手数料の額)が別紙「一覧表」の「差額欄」に記載のとおりであることが計数上明らかである。また、相手方らは湯井勘三、伊早坂ふさを除き、いずれも自己もしくは生計を一にする家族が農業を営み、多少の別はあるにしても、自家で消費する米麦、野菜類等を相当程度自給している。そして、右湯井、伊早坂を除くその余の相手方らについては勤労者でないところ、このような者についてはその資力を的確に測定する統計資料はないが、昭和五一年度における総理府統計局発行家計調査年報によれば、標準勤労者世帯(世帯人員3.79人)の同年度における実収入は、全国平均で年間約三〇〇万円(一か月二五万八、二三七円)であることが認められる。

右諸般の事情を考慮すれば、相手方のうち、自己もしくは生計を一にする家族に相当の農業収入があるものについては、概ね年収二五〇万円、主として、勤労収入によつて生計を維持しているものについては、概ね年収三〇〇万円を一応の基準(この場合における一世帯当りの家族数は概ね四人とする。)とし、これに個別的事情を勘案して訴訟救助を付与すべき資力の有無について検討するのが相当であると考える。

右の基準に従つて、相手方らの家族数、年収を調べてみると、別紙一覧表各該当欄記載のとおりであつて、これによれば、相手方らのうち、前記基準を超えるものは、大塚徳次、岡田正治、小川益三、藤巻文夫、中島忠平、伊早坂ふさの六名であつて、これらの相手方らについては、後に個別的に検討するが、その余の相手方らは、その家族数、年収に照らしてみれば、いずれも前記基準以下であり、しかも、救助をうけるべき印紙額の低いもの(最低一万一五〇〇円)は年収も低いことが明らかであるので、これらの相手方らについては、訴訟救助を与えるのが相当である。

そこで、右相手方六名について個別的に検討するのに、疎明資料によれば、次のように認められる。

相手方大塚徳次は妻と長男、長女の四人家族であつて、同相手方の農業収入は一四六万八、六四五円、長男利一は信越化学工業株式会社磯部工場に勤務して年収一一四万〇八〇〇円を挙げているので、合計二六〇万九、四四五円になる。この点に関し、相手方ら代理人高田新太郎作成の報告書によれば、「長男利一は、自動車を自分で買つて乗つているので、余裕がない。同人は、食費も入れることができず、したがつて、同人の収入は同相手方の家計の足しにならないので、同相手方は自己の収入だけで生活しているため、生活に全くゆとりがない。」というのであるが、同相手方の家族数、年収の合計額及び貼用印紙額に照らせば、同相手方に資力がないとはいえないというべきである。

相手方岡田正治は、家族が妻、長男夫婦、孫の五人であつて、同相手方の農業収入は六九万〇九六六円と低い。しかし同居の長男進が安中市立磯部小学校教諭として勤務し、年収三〇五万八、八七一円を得ているので、両者を合算すると、三七四万九、八三七円となる。この点に関し、前記高田報告書によれば、「同相手方は、長男の家族三名と同居しているが、世帯を別個にして、それぞれ独立の生活をしている。ただ食事だけは一緒にとつているが、米や野菜は相手方で収穫したものを全員で食べ、副食類をときたま長男進方で買つてくる程度で、同人が決つた生活費を相手方に渡すことはない。したがつて、長男進の収入は相手方の家計収入となつておらず、相手方夫婦の生活に余裕はない。」というのである。しかし、同相手方は長男家族と生計を一にしていると認めるのが相当であるから、同相手方と長男進の年収を合算すれば、その家族数、貼用印紙額を勘案しても、前記基準を優に超えているといえるから、有資力者と認めるのが相当である。

相手方小川益三についてみると、家族は夫婦と長男の三人である。同相手方の農業収入は、一四八万八、五六八円であるが、長男浩司は高崎市内の家具店に勤務していて、年収一一九万九、六〇〇円を挙げているので、両者を合算すれば、二六八万八、一六八円となる。この点に関し、前記高田報告書によれば、「長男浩司の収入は、通勤などに使う自動車購入資金や燃料代、修理代にあてているほか、身の回り品などの購入につかつており、同相手方の家計には一銭も入つていない。」というのであるが、同相手方の家族数、年収の合計額に照らせば、前記基準を相当上廻つているから、同相手方に資力がないとはいえない。

相手方藤巻文夫は、家族数四名(相手方夫婦、長男、長女)であり、同相手方は農業収入年間一五七万八、八八五円を挙げ、長女初美が高崎市内の朝日海上火災保険会社高崎営業所に勤務していて、年収一一六万一、八〇〇円を得ているので、総合計は、二七四万〇六八五円となる。ところで、前記高田報告書によれば、「長女初美(二〇歳)は自分の給料を自分の身の廻り品その他の費用にほとんど費つてしまい、わずかの金額を将来の結婚に備えて貯金している程度で、一定額を家計にいれることがない。」というのであるが、相手方の家族数、右年収の合計及び貼用印紙額を勘案すれば、資力がないとはいえない。

相手方中島忠平は、家族が夫婦と長男の三人である。同相手方の農業収入は、一一四万〇六五六円であるが、長男和男は高崎市内の碓氷信用組合高崎西支店に勤務して、年収一三七万八、八〇〇円を得ているので、両者を合算すれば、二五一万九、四五六円となる。この点に関し、前記高田報告書によれば、「長男和男の収入は、自分のためだけに費つており、家には一銭も入れておらず、収入の大部分を自分で乗つている乗用車の購入代金や修理代、ガソリン代等に費つており、ほかの身廻り品を買うのが精一杯の状況で、家計のたしにならない。」というのであるが、同相手方の家族数、年収の合算額に照らせば、前記基準を相当上廻つているから、同相手方に資力がないとはいえないというべきである。

相手方伊早坂ふさについてみると、その昭和五一年度の年収は、八八七万九、六〇二円と高額であるが、前記高田報告書によれば、「右の収入には、同相手方の夫で承継前の原告伊早坂萬吉が遺した水田一反三畝の売却代金八七〇万円が含まれている。また、右代金は、所得税等に約二〇〇万円、住居の改修費に約二〇〇万円、子供達三人に合計約一五〇万円を分配したため手許に残つたのは約三二〇万円である。」というのである。同相手方は、すでに七七歳と老令であり、今後も多額の収入を得ることが困難であり、食糧も自給できず、子供達にも資力のある者が見当らない。そして、右三二〇万円の備えも、その後生活費に費消されて、相当減少していることが窺われる。これらの諸事情を考慮すると、同相手方には訴訟上の救助を付与するのが相当である。

抗告人は、東京高等裁判所昭和四七年(ラ)第七六七号事件において相手方らにつき、「専業農家の場合には一世帯(本人夫婦と息子夫婦が農業に従事するものとして)あたり一ヘクタール(約一町歩)以上の農地を耕作する者、兼業農家の場合には一世帯当り年収一〇〇万円以上あるものは、訴訟費用を支弁しうる資力ある者と考える。」との判断が示されていることを理由に、これと異なる基準によつて訴訟救助を与えた原決定を非難するが、前記抗訴審の示した判断は、本件訴訟救助の申立とその対象、時期を異にし、原裁判所の判断を拘束するものではないから、抗告人の右非難は当らない。また、抗告人は、安中市長作成の所得証明書記載の所得額は、「必要経費」、「給与所得控除額」、いわゆる「専従者控除」等を差引いたものであつて、年収そのものではないから、資力認定の資料とすべきでないと主張するが、右主張の各種控除は、いずれも所得税法上広義の必要経費として控除が認められたものであり、相手方らが現実の収入を挙げるには、右程度の支出を必要とすると考えるのが相当であるから、これらを控除した残額をもつて実収入と認めるのが相当である。したがつて、この点に関する抗告人の主張は採用できない。

四よつて、原決定中、相手方大塚徳次、同岡田正治、同小川益三、同藤巻文夫、同中島忠平の五名について訴訟救助を与えた部分は失当であるから、これを取消し、右相手方らの本件申立をいずれも却下し、右五名を除くその余の相手方らに関する原決定は相当であつて、本件抗告はいずれも理由がないから棄却することとし、手続費用の負担について、民訴法第九五条、第九六条、第九三条、第八九条を適用して、主文のとおり決定する。

(渡辺忠之 糟谷忠男 相良朋紀)

別紙〈省略〉

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